カラカラ、と乾いた音がしてドアが開いた。 「隆之。」 呼ぶと、隆之は足元へ落としていた視線を上げて、屈託のない笑顔を向けた。 「・・・・・・ごめん、遅れて。」 「平気。」 何度も何度も通った喫茶店の、いつもの席で、注文もしていないのにいつものアメリカンコーヒーが出てくる。 「隆之君、久しぶりだね。」 マスターの阪田さんが隆之に言った。 私も、隆之が到着する前にマスターとそんな会話をした。 「そうっすね。半年は来てないっすから。」 隆之は相変わらず愛想がいい。感じのいい笑顔を浮かべてマスターと幾つか言葉を交わした。 私は隆之が大っ嫌いだった。 この胡散臭い、真意の読めない八方美人ぶりが大っ嫌いだった。 そして。 「範子さあ。最近どうなん?」 隆之はコーヒーにスティックシュガーを2本も入れ、かき混ぜながらおもむろにそう言った。隆之は甘党だった。覚えている。 私はコーヒーはブラックと決めていた。 とっくに冷めてしまったコーヒーを飲み干す。 今日も隆之は少し時間に遅れた。 こういう、ルーズなところとか、たまらなく嫌に思えたものだ。 そして。 「とにかく、元気そうでよかったよ。」 大きな目を細めて優しいまなざしを向ける。 隆之と逢う事は珍しくないけれど、二人で逢うのは久しぶりだった。 だから、このまなざしも久々だ。 こんなずるい、何もかも誤魔化すみたいな優しさが、私の重荷みたいになっていた。 そして。 「あのね。覚えてる? 私がやってたパッチワーク。あれ、完成したんだよ。」 「マジで? 結構壮大だったよな。ベッドシーツか何か作ってた・・・。」 「そうなのそうなの。でもサイズ間違えちゃってね。結局、ソファーのカバーにしたの。」 「へえ。でもどっちにしろ、デカイじゃん。」 「うん。懇親の力作。」 ちょっと懐かしい感じで、ブランクあるとは思えないような緩やかな時間がくすぐったかった。 そうだった。 隆之は、こういう話し方をするんだった。 私たちの会話はこんな色だった。 こんな当たり前だったことのひとつひとつが遠い。 遠い記憶と。 「で?」 隆之はコーヒーカップをテーブルにおいて、あごの下で手を組んで私を見据えた。 「何か用があったんだろ。」 私は少しひるんで、でも、時効、時効、時効って頭の中で唱えながら隆之から目をそらさないようにした。 もう時効でしょ。 今だから笑える話。 今だから笑わなきゃいけない話。 ねえ、隆之。 「わたし、すきなひとが、出来たの。」 大嫌いで、たまらなく嫌で、重荷みたいで、でもその前はすごく、すごく大好きだった。 隆之が大好きだった。 長い長い、永遠みたいに思えた私の気持ちにも賞味期限があるんだって知った。 あんなに嫌いになれたのに、こんなにも素直に笑いあえる今日が来た事が真実なんだった。 時効とか、そういうの、判る年頃なんだ。 好きな人が出来たの。 ほんとうのさよならと、あたらしい握手みたいに、どうしても、隆之に言わなくちゃって思った。 私が。 |