「あ」 呟いてからしまったって思った。 うにゃああああっ。案の定、あたしの声は結構大きかったらしくその人を振り向かせてしまった。 見間違うはずなかった・・・卒業から1年半、あの頃と変わってない。 スッと擦れ違って、それは一瞬の事だったけどあたしは頭の中で凄く長い時間が一気に流れ出したみたいな感じで、色々な思い出が、体中を巡るのが判った。 「ごめんな」 その台詞を聞いたのは、中学生の頃だった。 「やだ。どうして・・・・・・」 聞き分けなんかしらない。 引き際なんか覚えたくない。 あのとき素直に離れていれば、こんな今は来なかったかもしれない。 泣き出したあたしに、驚いて言葉を失った相手の息遣いが電話越しに伝わる。 「泣くなよ」 他に、いいやついるだろお前ならって台詞が耳に焼き付く。 他の人なんて要らないって言いたいのに声にならなくて、涙だけいっぱい溢れて静かな小学校裏の公衆電話で声も潜めずにあたしは泣いていた。 だってあたしたちは入学してからずっと一緒だった。 ずっと、ずっと貴方だけだった。 小学校5年の時クラスが分かれて、話さなくなってからもずっとだった。 仲よかった頃はもう還らなくて貴方が見ているのはあたしじゃないんだって事が認められなかった。 あたしはそんな瞬間のためにこの恋を貫いたわけじゃない。 わがままでも何でもよかった。 でもそんなもので貴方をとどめておけないことぐらい、気づいていたのかもしれない。 「わかった・・・でも! あたし諦め悪いから」 沈黙、破って言えたのはたったそれだけだった。 サイテー。 何もかもみんな知ってるんだよって言われてるみたいに街中の視線が痛かったのはそれから2週間ぐらいで、諦め悪いからなんて宣言した割にあたしはちゃんと初恋の失恋から立ち直った。 あたしの気持ちはあの人と、特別仲のよかった女友達にしか話してなかったからあたしの痛みは自分の中で眠るはずだった。 「ちょっと! 彼にまた告白したって本当!?」 ミカがそんな噂を聞いたのはもう告白から1年たった中学3年の春になってからだったと思う。 「はぁ? するわけないじゃん、なにそれ・・・・・・」 廊下で擦れ違うのが嫌じゃなくなって、恨みに似た嫌悪感も消えて、ああやっぱりあいつはいい奴であたしはいい恋をしたし今でも変わらないその人を嫌いにはなれないなって思い始めた矢先。 どこから漏れたのか判らない噂。 学年中に広まるのに、時間はかからなかった。 「迷惑だから。やめてほしい」 だからあの日そんな台詞を言わせたのはあたしじゃなかった。 「あたしは別に・・・・・・もう何もしてないよ」 その台詞に嘘はなかった。 だけど、あの人があたしを避け、嫌うのがこんなに痛いなんて知りたくなかった。 あたしの中で・・・・・・よせばいいのに何とかしようって思った。 前みたいに話したい。 多くは望まない。友達で、いい。 時は、既に遅かったのに。 横断歩道渡りきるまえに振り向いたら、もう表情はみえない道路の向こう側であの人がこっちを向いてた。 とっさにくるっときびすをかえして歩き出したのはあたしだった。 やることなすこと、全て裏目に出てあたしはあの人に嫌われた。 近づこうとすればするほど、誤解だとかわだかまりだとかなくそうとすればするほど。 つきまとおうとしているわけじゃないなんて伝わるわけがなかった。 少し歩いて振りかえるとまた、あの人もこっちをみていた。 あたしはもう振り返らなかったけれど、あの人が振り返ってあたしをみた事が嬉しかった。 奇跡みたいに。 あたしの家のそばの、多分あの人は滅多に通らないこの通りで。 大人になることはあたしにとってあの人に嫌われた歴史でしかなかったからずっとあの頃に還りたかったけれど、いつのまにかあたしは二十歳を迎えていた。 大人になりたくないと思うことは禁忌だとは思いたくなかった。還れると信じていた。 今も忘れていない、好きな気持ちを抱いたままあたしはこれからもつまづいて他の誰かを愛しきれずに捨ててしまうかもしれないけれど、大人になろうと思った。 (あたしの中の貴方があたしの未来を邪魔したとしても貴方の中のあたしが貴方の枷にはなりたくない) そう思える時が来たのなら。 ピーターパン・シンドローム。 あたしは長い間目を背けていた未来を抱き締めることにしようと思った。 もう会わない。 今日振り返ってくれた事が貴方の中でのあたしの存在が前とは異なっているのだと信じて、あたしは大人になる。 離れてあげること。 遠くで思うだけの愛の形があってもいい。 あたしが出来ることはそれだけだから。 貴方のいた横断歩道が見えないところまで歩いてから、あたしはもう1度だけ後ろをみた。 太陽が照り返すアスファルトが眩しかった。 |