それは7月の初めだったと思う。
 あたしは同じ講義を受けている友達と、お昼を食べにいくところだった。

「あれ? 珍しいね」
 声がして、振り返ったあたし達にその人は優しく笑った。
 栗色の髪は少し長めで、ピアスに少しかかるくらいの位置でさらさらと揺れた。
(浅井君だ)
 その人は、同じ講義を受けている浅井君だった。
 アザイヨシユキ。
 名前はしっているけれど話したことはない。
(だって)
 だって、すむ世界が違う気がする。
 騒ぐタイプでもないし、かといって大人しくもない。何となく人を寄せつけない雰囲気を醸し出している。
 それっぽいけれど不良とは違う。でも明らかにあたしとは違う何かがあたしを敬遠させていた。
 あたし達同様昼食をとるために浅井君達も(彼の回りにいつもいる女の子1人と男の子1人の事だが)この道を大通りへ北上しているところのようだったから、途中まで一緒するハメになった。
 浅井君は嫌いじゃないんだけど話した事がないから何を話したらいいかわからない。そんなあたしの気持ちを察してかどうか、話しかけてきたのは浅井君の方だった。

「暑いね」
「え? ・・・・・・うん、ほんとにね」

 驚いて、声が裏がえったのがバレたかもしれない。
 でも彼は・・・浅井君は、涼しい表情で前を向いていて、そんなあたしの事は視界に入っていない様だった。
「どこまでいくの?」
「うーん、どこだろう。先頭集団にお任せだから・・・多分、ラーメン屋」
「あ、じゃあ一緒かもね。あたしらラーメン屋いくの」
 初めてだった。
 こんなに話したのも、お昼が一緒になるのも。
 あたしは、浅井君の行き先があたし達と同じ店だといいなと思った。
 何故か、思った。


 浅井君と話したのはそれでもたったそれだけで、入る店も結局は別だった。



「あたしさ」
「へ?」

 いきなりきりだしたから、麻子がきょとんとして顔をあげた。
 かまわずに、ラーメンすすりながら・・・つまり顔をあげることなく、あたしは乱暴に続けた。
「あの人やっぱり苦手だわ。浅井君。話あわないし」
「ああ、うん、そだね」
 麻子も、表情を変えずにそうサラリと答えた。
(嫌い)
 そう思ったら何だか急に落ち着かない妙な気持ちになってきてあたしは残りのラーメンを一気に口へ運んだ。
(嫌い)
(嫌い)
(嫌い)


 あたしの「嘘」はその日から、始まっていた。




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