届かない、クリスマスキャロル






 小学生の頃、自分の家の宗教を調べなさいと言われた。社会科の授業の宿題だった。
 日本人の大半は仏教徒で浄土真宗が多い、という認識があったからか、例に漏れず那須家も浄土真宗だと思い込んでいたが思いがけず祖母はそれを否定した。
 うちは禅宗だよ、と言うのだ。
 禅宗、というと・・・あの座禅を組む禅宗? 
 私は生まれてこのかた、座禅など組んだ事はなかった。禅宗に特殊な印象を受けていたのと、少数派だと思っていたのとで、あの時は軽く衝撃を受けたのを覚えている。
 しかし、禅宗だと判ったからといって、その後私の生活には何ら変化はなかった。
 仏壇があって、祖母が般若心経を唱える。那須家における『宗教』はそんなレベルでしか日常に関与しない。今の日本に多い、無宗教の家庭と大差ないのである。
 ただ、クリスマスを祝う風習はなかった。
 キリスト教徒でもないのに、何を祝うの。それが親の言い分だった。親もそのように言われて育ったようだった。
 確かに日本の『クリスマス』は、ただのお祭りである。
 中学校の頃、ある独身教師が「バレンタインはお菓子屋の陰謀だ」と毒づいていたことがあるが、同様に日本のクリスマスはケーキ屋の、百貨店の、レストランの陰謀だと言えるのかもしれない。日本人にとって大切な娯楽の一つとなっているのに『陰謀』と言い切ってしまうのはいいすぎだが、日本人はこの日どうも『踊らされている』という認識を私は捨てきれない。
 私は、母の教育のおかげで、クリスマスという行事に何ら興味を示さない人間に成長したのである。
 高校3年生の時、付き合い始めたばかりの当時の彼氏と、完成して間もなかった名古屋のLOFTへ買い物に出かけた。クリスマスだった。クリスマスプレゼントを買って、交換しようという目的だった。
 三角関係がもつれて、やっと落ち着いた私達。これから、という希望の多い時だ。
 私達の間に問題があるとすれば一つ。私には他にとても仲のいい異性の友人がいたが、彼はその友人に嫉妬から冷たくあたることがあり、縛られる事が大嫌いな私にはあまり快く感じられなかった。
 当時だって彼の気持ちがわからなかったわけじゃなかったが、私も今以上にわがままで、子供だったのだろう。それ以前も今も友達は友達だから彼のために態度を改める必要は全くないと思っていた。彼が聞き分けてくれるべき問題でしかなかった。そして、彼に冷たい態度をとられて悲しそうにしている友人の姿を見るたびに彼への不満を少し、感じていた。
 しかし、このクリスマスデートの頃、私達は別段不仲ではなかった。
 私の中に小さな不満が、彼の中に嫉妬があったのは確かだが、二人で出かけたいと思ったから出かけた。
 ところが、このクリスマスデートが、私に彼への違和感を感じさせる大きな要因となったのである。
 クリスマスを祝う習慣がない私にとって、刷り込まれたクリスマスに騒ぐ事に対する『無意味』という感覚が、彼がクリスマスに抱いているロマンチックな憧れを受け入れられなかった。
 クリスマスなんだから腕を組もう、とか、クリスマスなんだからもっとこうしたい、とか、とかく彼の行動に付随する『クリスマスなんだから』という発想がむずがゆく感じられた。
 クリスマスだから一体なんだってゆーの? 何がめでたいの? なんでロマンチックに過ごさなきゃいけないの? 
 決して口には出さないが、都度そう思ってしまうのだ。
 そして、全く同じものをお互いに買って交換しようという提案も私には不自然に感じられた。
 それって結局、同じ日にお揃いのものを買うっていう意味はあるかもしれないけど、セルフプレゼントじゃん? 無意味じゃない??
 私だって、付き合い始めて最初のイベントをしらけさせてしまう気はなかったし、相手に対して強要する類のものではなくあくまで私の考えだから口には出さなかった。
 私達は、その夜何のいさかいもなくそのデートを終えて帰宅した。しかし先程触れたように、このデートによって私の中にはもう一つ彼への違和感が蓄積されてしまったのだ。
 自分でも身勝手な自分の事情だということはわかっていた。だから彼には理由を告げる事は出来ないまま、蓄積された数々の違和感が我慢できなくなっていった。
 結局間もなくして私達は別れてしまった。口に出さなかった分彼には意味も不明で、受け入れがたい別れだったに違いない。
今、色々あったが彼とは大切な友人の一人として連絡をとりあう間柄になった。彼にも今付き合っている別の誰かがいる。だからこそここにこんな暴露が出来るのだが、もしかして彼がこれを読むことがあれば「あの野郎・・・」と思うかもしれない。
 ごめんよう。若気の至りってヤツだよ。

 月日が流れ、あれから5年半が経とうとしている。
 昔ほどクリスマスに対する違和感はない。
 私なりに、受け入れられるようになってきている。
 だがしかし、今度は彼氏がいない。

 そんなものである。



…2004.05.02.sun.





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